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NPO法人 縄文柴犬研究センター

JSRCの犬たちinformation

JSRC会員の犬達を照会致します

犬といっしょに自然体験のある暮らし      琴&甚  和歌山県
        
         琴:左= 2011.7.7生 甚:右=2014.6.19生
                           
 家庭で犬を飼うことの一般的な意義については、例えば、癒しが得られるというような面がよく語られます。仕事から帰ったら大歓迎してくれる愛犬とか、私のような退職したものには、朝、起きていくと待ちかねていたように尾をふってくれるというようなことです。そういうことで私たちの心はとても満たされます。
 さらに、室内犬と言われるような犬でなく、縄文柴犬のような犬であれば、毎日、欠かさずに運動に出ることになります。それが毎日行われるわけですから、私たちの健康に大いに役立っているということも、言うまでもありません。特に、健康志向と言われる時代にあって、一層、注目されている犬の役割なのかもしれません。
もちろん、こうした一般的な意義においても、個々の人、家庭によって数え上げれば切りがないほど多面にわたっての犬を飼う値打ちがあるのだと思われます。が、今日、私が書こうとしているのは、現代的な意義とでもいえばいいのでしょうか、今の時代が抱えている様々な課題に、縄文柴犬だからこそ応えていける、その持っている能力が生き、活躍してもらえるというような意義ある飼い方があるのではないかということについてです。
 この頃、よく取り上げられていることとして、農作物を害獣から守るのに犬が活躍しているというのがあります。先日、メーリングリストにお入りになっている方々にはお伝えしたのですが、TV朝日の番組でモンキードッグが紹介されていました。そこにいる40頭の犬たちの9割が、顔の長い(「キツネ顔」)柴犬であり、それが大活躍しているとのことでした。縄文時代から人と共に、住んでいて日本の山野を駆け回っていたこの縄文柴犬系(こう言っていいのかどうかは解りませんが)が現在、こういう形で農作物の被害を防ぐのに活躍しているという内容だったようです。これは、会誌20号で藤井さんと五味さんがお書きになっていた「北上山地の獣害問題と縄文柴犬」の縄文柴犬が果樹園を守っているという実例と符合するものなのではないでしょうか。
「奇跡の地球物語」www.tv-asahi.co.jp/miracle-earth/backnumber/20140914/index.html 
 
 これは、すでに実際に縄文柴犬の存在価値を証明している例だと言えそうですが、私がこれから述べるのは、そうした社会的な評価はまだなされていないことなのですが、私の体験を踏まえての縄文柴犬の果たせる役割についてです。私の考えている現代的価値です。
 私は、38年間の教職を退いた後、自然体験の教育的な意味を考えてきました。生き物のいる野山に分け入り、野草で遊び、虫を捕まえ、自然にある素材で物を作って活動することが子どもの成長、発達にどう関係しているのかということです。
 私のような自然愛好家はともかく、一般的には現代人は、自然と距離感のある暮らしを日々おくっています。この始まりは、多分、あの映画「ALWAYS」に描かれていた昭和30年代から始まっているのだと思うのですが、それまでは、野山や川や海などと密接不可分に暮らしていた私たちがそこから切り離されているのです。それまでは、家族みんなで働き、自然からも食料を得て、暮らしを成り立たせていました。当然、子どもたちは、その密接不可分だった自然の中で元気いっぱいに遊びまわっていたのです。もちろん、年齢の枠を超えた村中の子どもたちと一緒に。
 大きなスケールで自然体験をしていたその時代のことを正確にとらえなおすことは難しいことですが、私の経験から最近考えたことを述べようと思います。今春に、幼稚園の先生方に草遊びを教える機会がありました。その時、槇の葉で手裏剣を作ることを取り上げたのです。この手裏剣づくりという活動の中でどんなことが子どもの中で起きているのかを考えてみたのです。
 手裏剣は4枚の葉を使いますが、子どもは、どの葉を選ぶといいのかをまず考えるでしょう。次に、葉を真ん中で折るわけですが、真ん中って、この辺りかなあ〜と思案しつつも、どこかで決断して折ります。葉の両端をそろえるということもなかなか難しいことでしょう。そして二つ折りをした槇の葉を4つ作ります。今度は、それをどう組み合わせたら手裏剣になるだろう〜などとフルに頭を働かせて手裏剣を作っていきます。この間、葉を折る時に指先や爪の使い方を身につけていきます。また、折った時に指が槇の葉からキャッチした感触も残ります。折った瞬間に出たわずかなにおいを感じ取っています。
 目と手の協応し合う関係。手指の巧緻性の育ち。五感が刺激されて育っていくことなどなど。このように、作っている時のことをざっと考えても、様々な脳への刺激があることが分かります。様々な感覚や器官が相互にコントロールされながら手裏剣が完成されていくのです。手裏剣づくりだけを少し思い浮かべても、こんなにたくさんの力が子どもたちに育っていくことが分かります。こういう活動がいっぱい詰まった自然体験を昭和30年代までの子どもたちは大いに行っていたのです。こういう自然体験は、学校教育と関わって考えてみても、どんなに大切かが分かります。それは、理科や生活科といった生物が学習の対象になっているものとのつながりだけでなく、国語などで文学作品を読むときにも、関係しています。物語には、作者によって語や文で描かれた世界があります。その世界を正確にイメージ豊かに描くには、体験がベースにないと無理でしょう。自然〜草花、動物、情景描写のない物語等ありませんし、登場人物の心情などもそうした情景に投影された形で描かれているのですから。自然体験をしている昔の人は、今の子どもたちよりも同じ物語を読んでも正確に、深く読み深められているはずです。
 昔の子どもたちは、こういう力を自然体験の中で育てていたのです。しかし、それが暮らしの変貌によってなくなっています。(また、親から子に、年長者から下の子に自然の中でのいろいろな遊びを伝えることも非常に大きな教育的な意味があったでしょう。親子の絆などは具体的な楽しい活動の中においてこそ、築けるのではないでしょうか。)
 このように自然体験が子どもの成長発達に欠かせないことが分かります。その自然から切り離された暮らしが進行しています。これでは、人間的な力が充分に育たないことになっていきます。自然体験を子どもたちに取り戻すことが子どもをちゃんと育てる上で欠かせないと私は考えます。では、どうしてこの現代社会において自然体験のある暮らしを取り戻すかです。
 現代においても、野外に出る暮らしは可能です。実際に、犬を飼っている人は、毎日、野外に出て一緒に歩いています。犬を飼うことによって、その運動する機会を子どもたちが自然体験できる機会として位置づけたらどうでしょうか。これは、そう難しいことではありません。犬を動物としてとらえ、その飼い方を理解している人なら、山や川や海などに連れ出すことで、犬の運動したい欲求を満たしてやっていらっしゃいます。その機会を子どもの自然体験とつなぐようにすればいいと思うのです。犬を飼っていなかったら、多分、日常に流されてしまって自然体験を暮らしに位置づけるのは無理でしょうが・・・・・・・。
 縄文柴犬を飼っていたら、あるいは、そんな度量の狭いことを言わず縄文柴犬でなくても、野外で活動できる犬を飼っていれば、毎日、運動に出る中で野山や海辺などに出かけるのが日常になり、自ずとさまざまな生物(植物・昆虫などの動物)との出会いが生まれてきます。年齢にもよりますが、子どもだけで、あるいは家族と一緒に出掛け、そうした意味ある活動に取り組める現代生活を打ち立てて欲しいと思います。この縄文柴犬がいたら、それが日課になって行われていくのです。
 そういう自然体験を行うという点で、縄文柴犬はもってこいのパートナーです。縄文柴犬は、野性的で俊敏で、ダイナミックに山野を駆け回ります。その姿に、臆病になりがち、慎重になりすぎるきらいのある現代人を藪の中に入っていくよう、きっと背中を押してくれるに違いありません。忘れかけていた本来の人間のあるべき姿についても気づかせてくれるようにも思えます。犬が取り戻してくれる貴重な自然体験ができる豊かな暮らしを縄文柴犬を広げることで日本中に広げていけたらどんなに素晴らしいことでしょう。
 そのためには、社会自身が、親自身が子どもたちの暮らしについての根本的な検討を加えることが前提になります。塾やさまざまな習い事で放課後の時間が埋まっていることが子どもの真の成長になるのかどうかを考えなくてはなりません。これが、一番難しいことかもしれませんが〜。自覚的な人々から始められるようにも思います。   (2014.10.30)

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